それはツェッペリンから始まった
70年代には今までになかった音楽が入ってきた
1970年代はロック特にハードロックが日本に上陸して熱気が
その頃中学生の私は当時大流行りのカセットデッキを買ってもらい深夜放送などに聞き入ってました
ラジオから流れる曲はカーペンターズやアメリカンポップスがほとんど
そんなある日同じクラスの世間通の同級生が何かの音楽雑誌を学校に持ってきたのである
そこにはグランドファンクレイルロードという三人組バンドによる後楽園球場での雷雨のなかでのコンサートの写真と記事
その彼の話ではギタリストが雷に撃たれて感電しながらギターを弾いていた….これはデマでしたが….こんな凄い事があるんやーと!
ロックなんて知らない大阪の片田舎の中学生にはショックなニュースでした
それからはGFR!みんなで録音したCD(もちろんカセットデッキの略です)を聴いて掃除のほうきを持ってギタリスト:マーク・ファーナーのモノマネの中学生らしい毎日
余談ですが冬には札幌オリンピックが開催され初めて見たアイスホッケーに感動😳
当然これも真似して掃除の時間はほうきでアイスホッケーの試合のモノマネ
ほうきが大活躍した時期でした😵
話は戻って、大阪の田舎の中学生がロック’nロールできることは少ない✋小遣いをはたいてレコードを買って周りと情報共有するのが精一杯の拘りでした
いよいよ高校生になり視界も広くなりそれに連れて行動範囲も変わって初めてのロックコンサートに行くことに
1972年はジミヘンもデュアン・オールマンも既に昇天しポピュラー化したクラプトンが残したクリー厶の映像が初めてNHKで放送された年
動くクラプトンを始めて目にして、ジミヘンはまだレコードジャケットで静止したまま、なにせビデオテープがまだ世に出回っていない時代なので
そんな中、ヤードバーズがレッド・ツェッペリンに脱皮し、ブラックナイトを引っさげた第二期ディープ・パープルの全盛期
日本にも次々とハードロックの波が押し寄せた黎明期でもある
上に進学すると方々から洪水のように情報がはいりどっぷりロックに浸かっていく中でツェッペリンの新しいアルバムに出会った
ダブルジャケットには名前もタイトルもないnontitleやいろいろな呼び方もされている4番目のアルバ厶
ツェッペリンには途中参加で既発のアルバムの曲は知らないのでいきなりのBlack Dogは
その波に乗っての初めてのコンサート💨
紹介は大阪フェスティバルホールでのツェッペリンのコンサートから始まります
コンサートチケットを紹介
1972/10/4 レッド・ツェッペリン

- レッド・ツェッペリン
- 1972年10月4日
- 大阪フェスティバルホール
- 初めてのロックコンサート
- S席2,900円💸当時LPレコードが約2,000円の時代なので安い、しかも消費税はもちろん無い
- ツェッペリンは前年に続いて2回目の来日ですが今回は「アルバムⅣ」のBlackDogやStairway to Heavenを引っさげての来日
演奏の中で何曲かは聴いたことがない曲があり次アルバム「聖なる館」からの選曲でもうすでに出来上がっていたのですね
Rock’n Rollから始まり間髪入れずBlack Dogのオープニングでロックコンサートがこんな大きな音だとビックリ!隣席の友達に大声出しても会話できないくらいでこの衝撃は忘れることはないですね
アンコールになると大勢がステージ前まで駆け寄りシートの背もたれの上に乗ってノリノリでしたが、このコンサート以後そういうのは無かったような
記憶ではステージまでの間に大きな堀がありました(オーケストラピットの溝だったのか)興奮したファンもステージには上がないようになっていたのが印象に残っている
取りあえずは初めてで最高のコンサートを経験しました
この日の録音はずいぶん経ってからオーディエンス録音がCDとして出回っています
他の日とはアンコール曲の選択が違ったようで当日はHeartbreakerとImmigrant Songが演奏された
阪急プレイガイド チケットカバー

- 上記のチケット袋残ってました
- なにせ初めてなので貰ったもの記念に全て揃っています
- 友達の分と併せて阪急プレイガイドで購入
- プレガイドジャーナルで情報を収集してその場で席を決めたのをお覚えています
コンサート会場で販売のパンフレット

- 会場で販売していたB4サイズのパンフレット
- 内容はコンサートとは無関係
- メンバー紹介やインタビューなどありきたりな内容で終始
197210/28 ウッドストック映画チラシ

- 上記プレイガイドでチケット購入した時に入手
- 映画は行ってません
- 当時Woodstockから3年程しか経ってないのですがジミヘンもCreamも遥か昔のように感じていました
- この頃バングラデシュコンサートなどの映画もありましたね
1974/01/28 ロリー・ギャラガー

- ロリー・ギャラガー
- 1974年1月28日
- 大阪厚生年金会館
- アルバム「ブループリント」発表後のコンサート
テイストというバンドでデビューしてソロ活動
兎に角めちゃめちゃカッコいいギタリストでした
因みに1974年にクラプトンが初来日しとりますが行ってません
前出1972年のNHKヤングミュージックショーでクリームのフェアウェルコンサートビデオが流れてからはクリームが中
1975/8/8 8.8ROCK DAY チラシ

- この頃大阪では毎年8月8日のロックコンサートが開催されていました
- 大阪吹田の万博会場でアマチュアバンドの審査もありプロ、アマ沢山のバンドが出演してました
- 当日の模様は2枚組でレコード化で熱気が伝わってきます
- こちらはシャル別でのLP「ベスト・オブ 8.8 ロック・デイ~ソウル・R&B編~」
「ベスト・オブ 8.8 ロック・デイ~ブルース編~」 - この年はスターキングデリシャスがアマチュアでデビューした他ここから出たバンドも多いのではないでしょうか
- 上田正樹とSouth To SouthやWestroad Blues Bandなども出演で結構大きなコンサートでした
- 北京一の「かたつむり」いいですね
- 長年続いていたようですがこれ以降は行かなかった
1976/01/10 クールス

- クールス
- 1976年1月10日
- 友達の付き合いでこんなのも行きました
1976/6/18 上田正樹とSouth to South

- 上田正樹とSouth to South
- 1976年6月18日
- 今は無き大阪サンケイホール(いいホールでした)
- 当時大阪では飛ぶ鳥を落とす勢いのR&Bバンドのコンサート
- 二部構成で第一部は上田正樹と有山淳司のメランコリックなアコースティックブルースで第二部が打って変わってパンチのきいたブラスの入ったリズム&ブルースバンドの演奏
- このコンサートで上田正樹自身から解散が告げられた
当時京都や大阪ではブルースが大流行り
沢山のブルースやロックバンドがありライブハウスで夜な夜な演奏していました
そんな中でもウエストロードブルースバンドとこのSouth To Southが人気実力とも群を抜いていました
レコードもラグタイム風のデビュー作とパンチの効いたライブアルバム
惜しまれながら解散して上田正樹は違う方向へ行ってしまったような気がしますが後のメンバーはガチガチでやっているのが嬉しい
1977/6/9 ロイ・ブキャナン

- ロイ・ブキャナン
- 1977年6月9日
- 大阪厚生年金会館
- 当代随一のギタリストのコンサート
- 日本に来るとは思ってもいなかった
- アンコールでのSunshine Of Your Loveの演奏が特に印象に残っている
1977/8/3 ピンクレディー

- ピンクレディー
- 1977年8月3日
- 大阪厚生年金会館
- これも友達の付き合いで行きました
- これはロイ・ブキャナンのバーターで行きました
1977/11/7 ハーブ・エリス

- ハーブ・エリス
- 1977年11月7日
- 大阪サンケイホール
- 多分初めてのジャズコンサート
- アルバム「Nothing But The Blues」に圧倒されて
- ジャズギターの楽しみ方が分かり是非観てみたいと一人で行きました
1978/2/24 ボブ・ディラン

- ボブ・ディラン
- 1978年2月24日
- 松下電機体育館
- ディランはよく知らないが「風に吹かれて」くらいは知っていたので一度は観てみたいと
- 交通の便が悪い体育館で4,500円は流石ディランです
- 私的には電気化した「Like a Rolling Stone」収録の「追憶のハイウェイ61」はMike Bloomfieldが参加しているということでよく聴きました
1978/4/10 ジョー・パス

- ジョー・パス
- 1978年4月10日
- サンケイホール
- この頃はジャズをよく聞いていた頃
- けどパスはあまり知らない
1978/4/20 B.Bキング vs アルバート・キング

という訳でも一回観に行きました
前回公演後まだチケットが購入できるとのことでWキングの共演
も一人追加でハイタイド・ハリス(g)この人は日本のロック/ブルースのバンドと共演して名も知れていましたが格がちょっと
取り合えずは京都丸山公園の野外音楽ステージで
1978/4/22 B.Bキング vs アルバート・キング vs ハイタイド・ハリス&ジャパニーズフレンズ

- 1978年4月22日
- 京都丸山野外音楽堂(小雨決行)
- S席 3,000円
- 二日前でチケットが取れたのでOK
- 私は知らないのですが1989年にまた一緒に来たらしいですが
そんなにbluesは人気ないのでしょうか
1979/7/28 びわ湖バレイJazz Festival ’79

- 第12回びわ湖バレイオールナイトジャズフェスティバル
- 1979年7月28日
- びわ湖バレイ特設野外ステージ
- 前売り3,000円
- サンケイバレイジャスフェスティバルとして長い歴史があります
- 当時はこういうフェスティバルは頻繁にありました
- 今改めて出演者を見返すと有名どころですごい内容でビックリします
1979/11/2 第9回桃山学院大学オールナイト フェスティバル

- 1979年11月2日
- 桃山学院大学
- 1,100円
- こんな時代ありました
- 憂歌団が出演していました
’70年代から80年代へ
1968/8/3 ’86 SELECT LIVE UNDER THE SKY

オマケ
- Live Under The Sky
- 1986年8月3日
- 万博記念公園お祭り広場 特設会場(雨天決行)
- ハービー・ハンコック/チック・コリアなど名立たる出演者
- オーネット・コールマンを観た!だけでも価値がある

- こんなオマケもあり
- これはビデオテープの背と表面シール
- VHSとβの両方で時代を感じます
- ビデオテープを購入して貼れということですかね
1990年代に入りました
1990/9/28 ステファン・グラッペリ

- ステファン・グラッペリ
- 1990年9月28日
- 近鉄劇場
- 5,500円
- ジャンゴ・ラインハルトの1930年代からの相棒を観ることができるとは
- 近鉄劇場は大き過ぎずグラッペリを聴くにはよいホールです
1994/4/16 吾妻光良 & SWINGING BOPPERS

- 吾妻光良 & Swingig Boppers
- 1994年4月16日
- W’OHOL
- 3,000円(ドリンク付きかも)
- 日本で唯一のジャンプブルースバンド
- 日本でbluesが流行った時代からのギタリストでバックのホーンセクションの前でギターを弾きまくる姿は一番カッコいいスタイルですね
- Tボーンを思い出します
1997/2/6 ラビィ・シャンカール

- ラビィ・シャンカール
- 1997年2月6日
- サンケイホール
- 8,000円 同時期Swinginhg Boppersより結構高いがあっちが安いのか
- コルトレーンやロックミュージシャンがしきりに宣伝していました
- 1997年の来日は高松宮殿下記念世界文化賞を受賞記念のコンサートのようでした
当時80歳前でステージでは娘も同伴で10代かそこらへんとの紹介で驚きました
ひょっとしたら ノラ・ジョーンズだったのかな?とチケットをよく見たらアニューシャカ・シャンカール
2006/10/7 吾妻光良 & SWINGING BOPPERS

- 吾妻光良 & Singing Boppers
The Third Stone Band featureing Quncho - 2006年10月7日
- 新神戸オリエンタル劇場
- 4,500円 前より12年経った所為か会場の所為か値上がり
- 一番好きなスタイルの音楽ですが、なかなか観ることができなく久しぶりに観劇?でいつまでも続けてほしい
2000年代に突入 コンサートではないが
2000年に入ったらお気に入りのミュージシャンなどは鬼籍入りが多くなりコンサートに行くことはほとんどなくなりバーなどでジャズを聴きに行く方多くなった
コンサートではないが舞台芸能に誘われ行ってみました
2009/11/13~23 維新派 大阪公演

- 維新派 公演 ろじ式
- 2009年11月13~23日
- 前売り4,000円
- 精華小劇場(旧精華小学校)
- チケットではなくパンフレットです
- 初めて観た公演でいたく感動しました
2014/10/27 維新派 公演

- 維新派 公演 透視図
- 2014年10月11日
- 大阪・中之島GATEサウスピア
- 処は特設会場 安治川に面した会場で薄着だった為強烈に寒く途中で退散
- 2009年の公演が印象に残っていたので観に行ったが途中までしか観れず残念
- 維新派は松本雄吉氏が亡くなり解散したらしのでもう観に行くことはできなくなりました
惜しいことをした
追加

- Charly Brownの飲食チケットが出てきました
- よく見ると昭和53年(1978年です)
- 阪急東通り中にありました
- 憂歌団も出てました
- Charly Brownは心斎橋にも豊中のロマンチック街道にも大きな店舗ありました
まとめ
主に70年代が中心のコンサートや観劇のチケットを掲載しました
結構物持ちはいいのですが無くなったものや思い出せないものも沢山あります
少しでも手元に残っていると思い出すこともできて何か嬉しいものです
70年代当時は情報源も少なく手探りで好きなものを探していました
またいろんなものが出てきたら情報を共有していきたいと思います
